<第三十八話> 闇中に光る魚影(上)


<この辺りの渓相はまだ穏やかな表情だった>

『あいつ一体何遣ってんだ?』 場荒れを嫌い お互いを気遣いながらトップを譲り合うと云った

暗黙の約束事にも 一旦頭に立つと余程良いポイントに足止めされない限り どんどんピッチを

上げて距離を稼ぐそんなパターンが若い2人にとり常だった もうとっくに上流へ抜けたとばかり

思っていたのに何を? 此れまで幾多の大物を手にして来た彼の得意”ぶっ込み持久作戦”の

最中かとも勘ぐってみたのだがどうも違うようだ 彼の背中からは思いがけない現場に出くわし

進退窮まり動けないそう訴えてきて居る? 歩を早め距離を詰めて行き徐々に相棒の視線の

位置に近づくにつれ躊躇の原因が視界に入りだす   『なんつぅ。。?』  思わず息を呑んだ

此処までの遡行は広い場所等何処にも見当たらなく 切れ込みが強く落ち込みの連続で続いて

岩盤に占められ更にその先で圧縮され切り立ちジッピ状に上部を覆う  おまけに僅かに開いた

上空は木々の枝葉が幾重にも覆い 太陽の光が僅かも差し込まない漆黒の闇を生んでまるで

トンネルの様に奥へと続く 其の出口と思われる辺りには滝が有るのだろう 上部から僅かに

日が差し込み辛うじて判断できる この位置から右岸斜面を這いずり上がると 荒れては居るが

地道の林道が沿っている筈 さてどうしたものか? 釣り場としては既に岩魚の生息域と成って

居る筈なのだが 未だ我々の好む良形ヤマメが釣れ上る事で つい足を伸ばし訪れた事も無い

この難場まで出てしまった。。 相棒の考えを探るべく横顔を覗き込むと 『どうすんだよぅ。。』

言葉を伴わない問い掛けに 『いんやぁぁっ これはきついのぅ』『だからぁ どうすんだよぅ。。』

此れまで判断に窮した場面 次の決定を下すのは常に私の役目だった どんな判断にも不満

ひとつ漏らすでも無く相棒は黙々とトップを勤めルートを切り開くのだが 珍しく決断に迷ってる

私の次の言葉をじれながらも 行く手の闇と私の表情を交互に見交わしてる 今私の前には

とんでもなく奥深い淵?いや淵と言うよりトロと表現が妥当か? 不気味な場所は手前の10m

辺りからその姿の一端を現すと 大小の石が堆積する駆け上がりを滑り 私達の足元に溢れ

一気に後方落ち込みに吐き出されている 『さてどうしたものか?』言葉にも為らない同じ台詞を

口にしていた 先程から私の関心は 水中から身を乗り上げられるかもの右岸の段差 岩棚に

釘付けだった 其処に一旦身を預け体勢立て直した次の一歩は斜めに入ったリスに その上

にはトラバース可能な平たい場所も有りそうで 底石の一つ々さえ見通せる透明度にも岩場の

際はきっと背丈をも軽く上回るだろう事が予測できる 季節は初夏といえ足元は痺れる様な

冷水で覚悟に戸惑う 葛藤の時間はどれ程要ったのだろう 5分?10分? いゃきっと数十秒

程度の話だったのだろう 思考のの全てを費やしていた事で 時の経過まで気が回らなかった

ようだ 『行くか!』誰に言うでもなく自分に言い聞かせ 一歩 二歩 三歩前進太股まで来た

処で後方を振り返る 遅れてはならじとばかり竿をベルトに差し込む相棒 彼は何だかんだ

言っても 私がそう判断すると読んでは居たのだろう 見合わせた目線に迷いは無かった

五歩 六歩 七歩・・・・・・・   冷水は等々腰辺りを超え 肩から下げた魚篭が浮き出した

駆け上がりは急な段差を産み深さを増した 足掛かりを失うと終に全身が水中に投げ出される

『ひぇぇぇぇっ・・・!』 竿を咥えた両脇から漏れる悲鳴は トンネル内に響いた


酔いどれ渓師の一日 <第三十九話>闇中に光る魚影(下)に続く

                                                 oozeki